小さな心療内科ではなく精神科へ

通院をやめて1年

私のこれまでの経緯はこの記事に書いた。ぜひメンタルで困っている人がいたら読んでもらいたい。あまりにこじらせるとこうなる、という1つの事例だ。

 

さて、心療内科へ通っていた私は精神科で本格的に治療することにした。しかし、心療内科から精神科へ行くまでには一年半ほどのブランクがある。

このブランクは酷い日常の連続だった。

あたり前のことで、何もせずに放置していたら悪化するに決まっていた。私はこのブランクの時期に大学院へ通っていたのだが、ボロボロで結局辞める羽目になったのは上記の記事でも書いたろう。

では、具体的にどのような日々であったのか、だ。

 

 

常に酔っていなければならなかった日々

アルコールはとにかく常備していなければならなかった。

曲がりにも院生。

一応は、修士課程を修了するための修士論文作りを行っていた。だが、遅々として進まない。テーマは決まっていたのだが、そのための資料探しや勉強、読書をほとんど進めることが出来ないでいた。

原因は連続飲酒による二日酔いと、担当の教授との連絡不足によるものだ。

そして、授業にも出ていなかったので単位も足りない。学部生のように、多くの単位を取る必要は無いのにも関わらず、1年目でほぼ単位を取得出来なかった。

 

はっきり言って、学位なんてどうでも良くなっていた。苦しみから逃れるために酒をあおる。それは更に苦しさを重ねるだけだと分かりつつも、どうにも衝動を抑えられなかった。

 

 

実質フリーターとして

大学へ通うと共に、私はアルバイトもしていた。生活費はアルバイトと奨学金で賄っていた。

大学へはいかないが、アルバイトには行く。そんな日々が1年間続き、2年目の大学院生活は6月で終わりを告げる。

 

生活と研究とを天秤にかけた時、生活費を稼ぐことに大きく傾いていた。両立は出来なかった。ボロボロの生活で私の精神は荒みきり、その後どうするのかも考えないままにアルバイトだけは続けた。

 

けれども、そうながくは続かない。

 

10月を過ぎると焦燥感で胸がいっぱいになった。奨学金は次の年の3月で打ち切りだ。大学院を修了する見込みもない。

 

どうするんだ?

 

自問自答するも、思考回路が混線して焼き付いてしまった私には答えが出せなかった。だから精神科へ駆け込むことくらいしか出来なくなっていたのだ。

逃げとも言える。

それでも生活は続いていく。私は12月の終わり頃に、近くの精神科へと足を運んだ。入院病棟もある大きめの病院だ。

 

スポンサーリンク

 

ランキング参加中

ブログランキング・にほんブログ村へ

Twitterでフォローしよう

おすすめの記事