無闇に通った心療内科と、こじらせた学生時代

はじめに

学生時代の、あの鬱屈した生活を振り返ろうと思う。特定を避けるため、そのままの内容は書かない。が、誇張しても書かない。もし、この文章を読んで気分の落ち込みや精神的に困っている人の助けとなってくれたのなら幸いである。

 

 

最初の憂鬱

初めて心が締め付けられた記憶は、たしか保育所に通っていた頃だったと思う。家族で、泊りがけで海へと遊びに行き、その夜のことだ。なんだか少し涙が出て、胸がチクチクと痛んで重苦しい。

きっと、この楽しい時間が終わってしまうのが怖くて、この後になにか悪いことでも起きそうな予感があって寝付けなかったのだ。

元々、こんな気質だから後々酷い生活へと突入していったのだろう。

スポンサーリンク

 

 

 

 

過敏性大腸でほぼ毎日トイレへ

これははっきりと覚えている。小学校4年生のときだ。学習発表会の劇の出し物を決めようとしているとき、私は必死に腹痛を堪えていた。このときから、高校まで続く腹痛と下痢との戦いが始まったのだ。

授業中、手を上げてトイレへ行くことがどれだけ恥ずかしかったことか。

幸い、それで酷くからかわれることはなかったが、ほとんど毎日だから学校そのものが嫌いになっていった。

高校生にもなると慣れたもので、授業と授業の合間の休み時間からトイレにこもって気分を落ち着けて、堂々と教室へ戻って行くくらいの耐性は付いていた。

 

 

不安定な家庭環境

過敏性大腸が始まったのは、家庭環境が少なからず影響していると思われる。小学校中学年~高校生くらいまで、いわゆる嫁姑問題があったからだ。それに加え、お節介な親戚連中が首を突っ込んでくる。

おかげで私の母親はうつ病となり、私自身も不安定な気分を持て余して心療内科で薬をもらっていた。

当時は、私は抗うつ剤は飲んでいなくて抗不安薬だけであった。眠れない時に頓服として眠剤もあったろうか。

とにかく、嫌な時期だった。特に夕焼けが大嫌いだった。ハンマーで頭をガンガン殴られているような感覚に襲われ、体中から涙がにじみ出そうになる。それが高校生の時の思い出だ。

 

 

衝動的な高校生の時の告白と失敗

しかし、それだけではない。高校生の時には恋愛ごとにも興味があった時期だ。

ただ、今思い返してみると不安の裏返しだったのだろう。

私はある時、同じクラスの女の子を好きになった。そして、とにかくすぐに告白しなければならないと、半ば強迫性障害のようになっていた。

結果的に言えば告白は成功した。ここで断られておけば良かったと今でも思う。何故ならば、私はこの後に常に理由のない不安感を抱いて、その子に時間も関係なくメールをするようになってしまったのだ。

すがっていたと言っても良い。

呆れられ、3ヶ月と持たずに別れてしまった。当たり前のことだ。

卒業する頃には世間話くらいする程度の関係に戻っていたが、やはりあれは手痛い失敗だった。

 

スポンサーリンク

 

 

 

悪夢のような大学2年生

こうした10代の体験を抱えたまま私は大学生となった。地方民だった私は東京へと出て、寮生活を始めた。

最初の1年は順調であった。勉強も、サークル活動も楽しんでいた。

時折、心に寒い風が吹くことがあったが強引に無視していた。けれども、最後には逃げ切れなかったのだ。

大学2年生の6月、授業の予習中に手が震えて涙がノートを濡らした。まともに字がかけなくなり、本も読めなくなった。内容が頭に入って来なくなったのだ。

当然、講義も分からない。サボる日数が増えていった。

 

 

酒屋はどこだ、ドラックストアはどこだ、パチンコ屋はどこだ

それからは開き直ったように酒を飲み、咳止めを買い求める日々が始まった。咳止めについては各々調べてもらいたい。そして、必ず用法用量を守ってほしい。私はこの咳止めを求めて、ゾンビのように徘徊するはめになったのだ。

また、友人から誘われたパチンコ屋で私はパチスロに大ハマリした。

誘った友人からドン引きされるほど通いつめ、その友人や学生ローンから金を借りてまで日夜打ち続けた。

学校なんて無いようなものだった。

親の金と奨学金。

これをドブに捨てていたのだ。

飲みすぎて吐いて、効果が切れ始めるとうなり、朝は開店前から並ぶ生活。

アホの極みだ。

 

 

夜な夜なマタタビを持って散歩

この頃、もう一つの日課があった。それは夜にマタタビを持って野良猫を観察することだ。

はた迷惑かつ怪しい太った大学生が、マタタビの小瓶を振りまいて野良猫を公園に集めている姿は異様な光景だっただろう。

餌を与えることはしなかった。

ただ集まってくる猫たちを観ていると、酒とドガ食いで太りに太った体と心が癒やされるように感じていた。

 

 

そうだ、精神科へ行こう

現在の話をしよう。

今、私は精神科に通っている。小さいクリニックには何度も通っていた。しかし、まともに受診する気がなく、ただ処方箋や診断書を買いに行っていたのだ。俗に言う、ドクターショッピングのようなものである。

これでは行けないと、23歳を過ぎてから思い立って大きな病院へと足を運んだ。

大学は一年留年したが卒業し、大学院にも進学したが生活がボロボロだっために中退。

 

ここからまた始めなければならない。

 

スポンサーリンク


 

 

ランキング参加中

ブログランキング・にほんブログ村へ

Twitterでフォローしよう

おすすめの記事